恐怖系の驚愕展開に遭遇した時、女性は高めのトーンで「キャッ」とか「キャー!」とか叫ぶことが習わしとなっておりますがアレ、女性のデフォルト機能なのかどうかをもう、ずいぶん長らく……最低でも25年ぐらいは悩んでおります。
不肖私、はっきり言って、脚本に「女性らしくかわいく高めの声でキャー!と叫びなさい」と書かれていて、あらかじめ予定されたシーンで、気合い入れないとあれはできません。とっさにあんな可愛い叫び声出すのなんて私には無理。
しかし、周囲の女性は結構難なくやり遂げるんですよね。
往来で人とバーンとぶつかった瞬間「キャッ!」とおっしゃるわけですみなさん。
私だったらそうですね「うわっ」とか「ふぉっ」とか言いますね、しかも割と低めのトーンで、はい。
なぜなのかと。
もし、人間の女性に基本機能として備わっている、本能的に危機を感じた時に自然に出る声、だとしたら私だってそうなるはずなんですよ。
あるいは、遺伝的にかわいく叫べるDNAと叫べないDNAがあって、多分叫べる方が優勢遺伝で、とかということも考えましたが、まあなんというか信ぴょう性にかけます。
ということはですよ、あの可愛らしい叫び方は後天的なものではないかと考えるわけです。どこかで頑張って習得したからこその「キャッ☆」ではないのかと。
だとしたら、いったいいつ女性たちは習得したのでしょう。練習とかあったのでしょうか。出来ないと女親「もっと可愛く叫びなさい!」的なね、怒られ方をしたりしたんでしょうか。
咄嗟に出る言葉って相当なもんですから、かなりの訓練と意識が必要だったんじゃないかと思うんですよね……。
知人男性からは、あの「女子だけ体育館に残りなさい」のタイミングで習ってるのかと思ってたと言われたのですが、いやでも、小学校入学時点ですでに備えられてた気もするんですよね……もしかして、幼稚園や保育園で教えてたのでしょうか、当時の私は病弱過ぎて年に半分ぐらいしか行けていなかったので、習得のチャンスを失ったのかもしれません。
どちらにしろ私にはそんなことを習った記憶はありません。練習もしたことないし、親に怒られたこともない、というか親もキャー!とか言わない。
いったいどのタイミングで私は可愛く叫ぶ能力を備えるチャンスを逃したのでしょうか。
いや別にそんなんどうでもええやんと思うかもしれませんが、怖い時に「キャー!」と叫んだら「大丈夫?!」と言ってもらえますけど、「うわぁぁあ!」だと、笑われんのがオチですよ。
痛いことがあって「キャッ!」と言ったら「ごめんね?」って言ってもらえますけど、「のわっっ!」って言ったら「ハァ?」みたいな扱いされて終わりですよ。
生存戦略としてですね、なんかいけてない。
明らかにダメ。
まあ今更どうしようもないのでこのまま生きていくつもりですが、女性の皆様におかれましてはいつどのようにあの様な可愛い叫び方を習得されたのかを、教えていただけると幸いでございます。
2015/02/26
2015/02/25
甦らない記憶の味
むかし、勤務先が田町にあって、自宅が三田にあった頃、三田通り沿いにある「夜咄」というお店でよく一人飯をしていた。まあいろいろと美味しい店だったが、特にざる豆腐が最高級に美味しくて、自分の中で生涯ベスト3に入る豆腐だった。
その当時も「あの豆腐が食べたい」と一人でふらっと行くレベルに本当に愛していた。しかしお店は潰れてしまって、今はもう食べられなくて……本当に悲しく思っている。
東京海洋大の学生をよくバイトに雇っていて、長期航海に行くたびにバイトが入れ替わり、戻ってくるたびにそのバイト君たちから体験談を聞くのも好きだった。
ロフトみたいな半二階の座敷があって、そこで少人数の宴会するのも好きだった。
あのお店の人、またどこかでお店開いたりしてないのかなあ……あの豆腐がもう一回食べたい。
あの頃は自分も若くて、オーナーやスタッフと個人的にも仲良くするとかそういうことをしなかったので、店の切れ目が縁の切れ目になってしまっていた。そうやって自分の目の前から消えた味がたくさんあって、時々思い出しては切なくなる。
あのパスタ麺、あの醤油、パーツパーツでひどく強烈に思い出される。
そしてこういうことは大抵、検索しても出てこない。
誰か、その後を知っていたらいいのに。
あー、あの豆腐、食べたいなあ………本当に食べたい(じたばた、ごろごろ
その当時も「あの豆腐が食べたい」と一人でふらっと行くレベルに本当に愛していた。しかしお店は潰れてしまって、今はもう食べられなくて……本当に悲しく思っている。
東京海洋大の学生をよくバイトに雇っていて、長期航海に行くたびにバイトが入れ替わり、戻ってくるたびにそのバイト君たちから体験談を聞くのも好きだった。
ロフトみたいな半二階の座敷があって、そこで少人数の宴会するのも好きだった。
あのお店の人、またどこかでお店開いたりしてないのかなあ……あの豆腐がもう一回食べたい。
あの頃は自分も若くて、オーナーやスタッフと個人的にも仲良くするとかそういうことをしなかったので、店の切れ目が縁の切れ目になってしまっていた。そうやって自分の目の前から消えた味がたくさんあって、時々思い出しては切なくなる。
あのパスタ麺、あの醤油、パーツパーツでひどく強烈に思い出される。
そしてこういうことは大抵、検索しても出てこない。
誰か、その後を知っていたらいいのに。
あー、あの豆腐、食べたいなあ………本当に食べたい(じたばた、ごろごろ
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