2015/10/26

ワンピース歌舞伎はエンタメ頂上決戦だった

「スーパー歌舞伎II ワンピース ONE PIECE」、通称ワンピース歌舞伎を見てきた。
見てきたのである。

1階席19列目である。
花道の真横である。

1幕目終了後にかかる定式幕。ちょうかっこいい。気分がアガる。


ワンピースと歌舞伎、それなりに好きだが大好きというほどでもない。
私の中ではどちらも、何か他にもっと好きなことがあれば優先順位が下がってしまう程度の存在である。
だから、組み合わさった相乗効果で「行かずにいられない!」と勢いがつく程でもなかった。
「ワンピース歌舞伎」という言葉の響きが私にもたらすものは、その程度のはずだった。


が、今回何か予感がしていた。
これは見なくてはいけないもののような気がする。
逃してはならないもののような気がする。

よくわからない強烈な直感。
それを裏付けるように、自分の身の回りでワンピース歌舞伎の評判が見え隠れし始める。

…………行くべきか?
どうせ見るなら奮発して、1階席で、しかも花道の近くで。
チケットと、特製弁当と……積み重ねていくと軽く2万超えてしまう。

2万、高い……いやしかし、この説明できない衝動に、私は賭けた。
よし、行くぞワンピース歌舞伎!
ゴーストが見ろと囁いているぞ!(笑)
2万、張ろう!


しかし、新橋演舞場の入口をくぐってから3~4時間後、2万が高いと悩んでいた自分はどこへやら、2幕目終了時点、3幕目がまだ残っているタイミングで既に「もう1回見てもいいかも……!」と真剣に検討し始めるほどの心境に至っていたのである。


すごいとかやばいとか面白いとか感動とかそういうものを超えた、圧倒的な「元気をもらった」「パワーをもらった」感覚。
下手な旅行よりもよほど、ストレスが芯から抜けていったような爽快感。
時に涙が滲み、大笑いし、自分でもわかるぐらい目をキラキラさせながら見入り、最後「良いものを見せていただきました」と拝みたくなる感覚。
とにかく「最高だった!」という言葉しか出てこないほどの興奮感。

どこが良かった、誰が良かったなど細かく上げていけばいくらでも語れるけれど、そういう一つ一つの素晴らしさを語る以上に「とにかく良かった、凄かった」とまず第一声で言いたくなる強烈なこの感覚を、とにかく多くの人と共有したいという感情が、強く強く沸き起こったのである。

頭空っぽにして「うわー楽しい!」って心から思えるのがエンタメで、そういう気持ちに観客を持っていくために手間を惜しまない余りあるプロたちのサービス精神と本気を、存分に浴びたという気になれる。
原作の再現性とか忠実性とか、演出がどうのこうのと細かいことはね、もう、どーでもいい。

この空間には「ハレ」しかない!という歓喜。
あふれんばかりの祝祭感を全身で受け止める充足感。

2015年現時点でのエンタメ界の本気、しかと受け止めた、満足である!という気持ちでお腹いっぱい。
ワンピース歌舞伎は、人気マンガを題材にした、歌舞伎だけれど、フェスで、ショーで、祭りで、熱量の塊だった。

だから、そんな気分で見るとサイコーに楽しめると思う。
「とにかくスゲー」って浴びる感じ。
そういう思いにさせてくれたワンピース歌舞伎、マジありがとう、マジ歌舞伎リスペクト、それが自分の中では一番大きい。

……とここまで読んで、ちょっと見に行っちゃおうかなと思い始めた方が一人ぐらいはいるだろう、ということで勝手に先回りして「とは言えさあ……」と沸き起こる不安と疑問について、解説していきたいと思う。


<1>チケットはどこで買うの?
ネットとか、電話とか、コンビニとか、色々なところで買えるようになっている。
一番買いやすい手段で選べばいいと思う。売り場によっての差はない。
チケット情報→ http://www.onepiece-kabuki.com/
※ちなみに私は「チケットWeb松竹」でネットで購入。

それと、現時点では既に土日のチケットはかなり厳しい。
だが、平日半休をとってでも見に行く価値があると私は感じたので、思い切って欲しいなあと願う。
おすすめは、高いけど1階席。
歌舞伎に使うのも変だけれど、ワンピース歌舞伎はグルーブ感がとにかく高い。
そのグルーブ感を肌身で体感したければ、1階席だ。
他の席だと「いいなあ……」と、ちょっと遠く感じてしまうことになり、そこには体験価値の圧倒的な差が横たわっていると思う。
奮発できるなら、迷うぐらいなら、1階席をオススメしておきたい。

2幕目終わって、USJや富士急ハイランド真っ青レベルでずぶ濡れ(笑)の人が羨ましく思えるはずだから。
スタンディングの観客の中に、混ざりたいと思えるはずだから。



<2>歌舞伎一回も行ったことないけど大丈夫かな、わかるかな?
大丈夫。
まず、台詞はほぼ現代語なので、言っている意味がわからないということはまずない。
歌舞伎特有の言い回しは、語尾に使われるのが中心だし、そもそも「今わざと歌舞伎っぽくしてるな」ということがわかるので苦にならない。
現代劇感覚で見られる。

ただし、知っておいたほうが「より楽しめる」ことはあるから、それを列記しておきたい。

一番重要なのは一人2役、3役の人がいることだ。
現代劇だとすぐわかるのだが、歌舞伎だと衣装とメイクが相当変わるので、慣れていないと「同じ人が演っている」ことに気づきにくい。

例えばルフィ(主人公/男)とハンコック(主要人物の一人/女)と赤髪のシャンクス(最後一瞬出てくる/男)は、座長である市川猿之助が一人で全部演じている。
原作に多く登場する、ルフィとハンコックが舞台上で言葉をかわすシーンはどういう工夫で対処されるのか。
ルフィ、ハンコック、ルフィ、ハンコックと場面転換の度に衣装替えメイク替えして出てくるという頻発する早変わり。

歌舞伎ファンが「登場しただけで大拍手」するのは、多くの場合こういう「演出の工夫で物理的にありえない状況を実現」や「早変わりの見事を賞賛」みたいなことだったりする。
これがわかっていて「あ、だからみんな大喜びで拍手してるんだな」と思うのと、「なんでみんな拍手してんの?」と思ってしまうのとは楽しみ方に差が出るので、わかっておいたほうがお得。

「いよっ!待ってました!」満喫できるか出来ないかは、それなりに差だと思うから。

ルフィ/ハンコック/シャンクスの他に、ゾロ/ボン・クレー/スクアードを坂東巳之助などなど、2役以上こなしている役者さんが何人もいるので事前に確認しておきたい。
主要配役→ http://www.kabuki-bito.jp/theaters/shinbashi/2015/10/ii_1-ProgramAndCast.html

ちなみに世の中には親切な方が沢山いて、こんな解説画像を作ってくださっている。
2つの画像をプリントアウトして持参すると、当日便利なんじゃないかと思う。
https://twitter.com/chi22e/status/656334775028871168

それにしても坂東巳之助さんのボン・クレー(オカマ役)が凄かった。
完璧なまでにボン・クレー。
あのテンションで1日2回まじ大丈夫なのかと心配したくなるほどのテンションで本物以上に本物のボン・クレー。
冒頭は青いかつらでゾロを演ってたはずなのに、そんなこと微塵も感じさせない、違う役者にしか思えないレベルでボン・クレー。
まさか、完璧なるオカマが踏む歌舞伎の六方を見ることがあるとは思わなかった!

他に、いわゆる歌舞伎役者さんではない方も舞台に立っている。
福士誠治さんと、浅野和之さんなど。
彼らがまた、歌舞伎っぽい動きをこなしているのも「ほほー」って感じだし、また歌舞伎役者じゃないからこそ、歌舞伎役者さんとの「型の違い」が際立っていて、演出にそれが生かされていてそういうのもまた見ていて面白かったり。

こういった配役の妙以外にも「このシーンは歌舞伎で言うと○○○の応用で……」みたいなものが幾つもある。
その辺りは市川猿三郎さん自らの解説ブログを読んでもらうのが良いと思う。
http://blogs.yahoo.co.jp/enzaburou/39649866.html

それにしても当然歌舞伎だから、舞台上にいるのは全員男性。
しかし、男性と女性とオカマが入り乱れて舞台上で踊ったり戦ったりする中で、きちんと「あれは男性、あれは女性、あれはオカマ」って完璧に見分けられるのだ。
それがすごい、とにかくすごい。
「歌舞伎役者の女とオカマの本気を見よ!」と言われて
「しかとうけとめた!」という気分。
そこには感嘆しか残らないのである。



<3>原作読んでおいたほうがいい? それとも読まないほうがドキドキできる?



個人的には「原作情報が頭に入っておいた方が良い」と思う。

ちなみに上演中、わかりにくい背景説明は、ちょいちょい「説明しよう!」みたいな感じで、役者さんが突然説明してくれるシーンが随所に挟まってくる。
だから、ワンピースを全く知らなくても、きちんと分かるようにはなっている。

ただストーリーはわかるけど、登場人物の設定をある程度知っていたほうが「悩む時間が少なくて済むから、作品を楽しむ方向にのめり込める」ので、私は事前予習をおすすめしておきたい。

ネタバレサイトを事前に見ても、別に問題ないと思う。
そもそも歌舞伎自体が「型」を楽しむ傾向で「わかっていてもなお楽しい」ものだから、わからない要素が多いと「楽しむべき定番ネタ」がこぼれてしまい、満喫できなくなってしまう。
であれば、背景もストーリーも全部わかった状態で「歌舞伎としての面白さ」を存分に浴びるほうが、より楽しめるんじゃないかなーと私は感じた。

とはいえ、原作全部読んでおけ、と主張する程でもないなーと。
だって単行本51巻から60巻部分って……該当部分だけでも11巻あるし、やっぱり1~50も読まないと登場人物もわかんないし、ってなって結局60冊?
ちょっとその物量をこなすのは考えづらい。

ということでオススメなのは「主要人物の人物像、背景をネットでサラッと確認しておく」ことだ。
そしてこれも世の中には親切な方が沢山いて「○分で分るワンピース」みたいなものをたくさん作ってくださっているので、wikipediaやらNAVERまとめやらなんやらで、登場人物をなんとなくわかっておけばいいと思う。

とりあえず主要人物はこれで理解できるかなー
http://zakuro-yk.seesaa.net/article/137695937.html

これさえ頭に入っておけば、他の登場人物は比較的しっかりと説明されるので(名乗りっぽいものがあったりする)どうにかなると思う。
オススメなのは、現地でパンフレットを買うこと。
パンフレットに載っている情報で、だいぶ脳内補完されると思う。



<4>なんだかんだで全部で5時間、長すぎない?
大丈夫。
割とあっという間。

大丈夫だけれど、2回ある30分の幕間休憩を効率よく楽しむために、お食事系は事前予約がオススメ。
正面入口左の方の空き地に屋台がある
当日新橋演舞場に行くと、会場の脇にお弁当屋さんみたいな屋台が建っているので、そこでお弁当を買っておいて休憩中に座席で食べる(歌舞伎は休憩中は席で飲食OKなのだ)か、1幕目と2幕目の間に食堂で食べる定食を予約しておくかがおすすめ。
ワンピース歌舞伎は、いわゆる歌舞伎ファンの比率が少ない分、食堂がちょっとだけ空いている印象だった。
もちろん外で買ったお弁当を持ち込むのも大丈夫。
そうすると、バタバタせずにご飯を食べられて、あとはゆっくり物販なり何なりを見て回ることができる。



普通の歌舞伎と違って客層が色々。男性も普段より多い。

まあ、とにかく難しく考えないで楽しむことが一番だと思う。
「楽しみに行く」姿勢、重要!

何か最近多くないですか「評価してやろう」姿勢で臨む鑑賞態度。
もうね、そういうの、ワンピース歌舞伎には必要ないから。
頭空っぽにして「楽しみ尽くしてやる!」って、行くのが良いと思う。

こっちが観客のプロとして行ったらね、向こうもエンタメのプロとして存分に返してくれる。
評論家のプロじゃなくてね、観客のプロとして絞り尽くしても、まだ底が見えない懐の深さを、歌舞伎が感じさせてくれる。


最近、漫画・アニメ・ゲームを中心としたオタク系といわれる作品を、良くない手触りで触れてきて、ファンから総スカンを食らうということが度々発生する。
ワンピース歌舞伎にはそれがなく、違いはどこなんだろうと考えたのだけれど、一つ大きなポイントがあるとしたら「歌舞伎というある一つの頂点を極めているプロである」人達の手触りであるということだ。

多分、オタクが怒る「ニワカ」は、対象作品に対する愛が中途半端なだけでなく、本人(あるいは組織)自体も、なんだか中途半端なのではないか。
中途半端な奴らが中途半端な手触りで、俺達の愛するものに触れてくるから「ふざけんな!」という怒りが爆発するんだろう。

でもワンピース歌舞伎は、頂点を極めた奴らが、漫画の頂点の一つである作品に本気で挑みに来ている、というガチンコ感があった。
ワンピースそのものへの理解が薄い役者さん、スタッフさんもいただろう。
でもそういうのはどうでもよいほど、よくわからないなりにもワンピースという最高峰の漫画という存在へのリスペクトが感じられ、そこに歌舞伎の本気をぶつけてきている様が眼前に繰り広げられる姿は、圧巻だった。

そこで繰り広げられているのは原作の世界観の忠実な再現ではなく、歌舞伎が見定めたワンピースの本質の再現。

頂点にいるものにしか見えない世界がぶつかり合っている感じ、その衝撃が生み出すものすごい熱量。
ただただそれに圧倒され続ける、最高の4時間半。


コンテンツタイアップ……と最近気軽に口にされるのを耳にする。
愛があるタイアップはファンからは嫌われないが、ある意味ファンの期待値以上のものは作れていないのかもしれない。
愛以上に、タイアップ側もまたプロとしての本気をぶつけてきたら、そのとき初めて新たな価値の想像までたどりつくのではないか。
そこまで行けているタイアップを作り出せているのだろうか、コンテンツをただただ利用尽くしてやることしかできていないのではないかと、プロモーションの業界にいる人間として非常に考えさせられたのだった。



それにしても終わってみて、原作も読み返したいし、他の歌舞伎も見たいし、あーもう色々見たいものが増えて人生楽しいなって本気で思い、それが最高に幸せな心持ちだった。
2万円、全然惜しくなかった。
倍返し、三倍返し、もっともっと返されてると思う。


至福の時間、本当にどうもありがとうございました!(東銀座に向かって深々と礼